「手紙」について。その1


久しぶりの本ジャンルについての記事であります。
(映画も入ってますが(笑))


今回は東野圭吾・著「手紙」という作品について取り上げます。


東野圭吾さんは以前「白夜行」でも取り上げましたが(詳しくはこちら→http://d.hatena.ne.jp/tetsu328/20060618)、
1985年にミステリー作家としてデビューした後、ミステリーを中心としながらも幅広い作風で活動し、ついに「秘密」で第52回日本推理作家協会賞を受賞後、ミステリーにとどまらない人間ドラマを描き、
今年頭に「白夜行」がドラマ化されただけでなく、「秘密」、「変身」、「宿命」、「レイクサイド」等数々の作品が映像化されています。今年、ついに直木賞も受賞。
で、東野作品の映画として最新作である「手紙」について、今回ちょろちょろと書いてみようと思います。


〜以下内容について思いっきり触れてますので未読の方は一応ご注意〜
〜(でも未読の方も読んでください(笑))〜







この「手紙」という作品は全くミステリーでは有りません。
冒頭は確かに主人公の兄が、弟の学費欲しさに老婆を殺してしまうという描写から始まりますが、その後は犯罪者の弟というレッテルを背負わされた主人公の人生をただただ淡々と描いていく物語です。


主人公の直貴は、兄が犯した犯罪の故に多くの差別を受ける事になってしまいます。
住んでいた家を追い出され、大学に入る事も一度は諦め低条件の労働に従事し、住む家や仕事を転々としながら、大学に進学した後や社会人になってからも、様々な状況で直貴は犯罪者の肉親を持つ事を理由に、時に無視され、時に迫害を受けます。
しかし直貴はそんな状況でも様々な夢や希望を掴もうと精一杯生きようとします。
音楽でプロになるという夢。心の底から愛した女性と結ばれるという希望。
でも上手くいく一歩手前でそれは崩れていってしまうのです。
全て犯罪者の兄がいるという事を周りの人間が知る時に、掴みかけていたものはまるで泡のように消えていってしまうのです。
次第に彼は自分の為に殺人を犯した兄を憎み、犯罪者の兄がいるという事実そのものを抹殺してしまおうと考えるようになります。


しかし彼は由実子という生涯の伴侶となる女性や、働き始めた会社の社長等、
何人かの理解者にも恵まれ、いつしか自分に与えられた犯罪者の弟であるという事実に正面から向き合おうとするようになります。
直貴が家族を持った後も、差別という問題は、直貴に、妻に、そして娘にさえ襲いかかります。
そして直貴は最後に兄との関係について一つの選択を下します。
その選択によって直貴が得たもの、そして失ったもの。
その後の直貴が選んだ道を、この作品は余計な飾りも付けずに読ませてくれるのです。


文章が淡々としているだけに、一つ一つの事実が逆に重みを持って読む側に迫ってきます。
その重みはただ主人公が置かれた状況から来るのではありません。
彼が置かれた状況とその周りにいる人達に、読んでいる自分達が決して無関係ではない事が読んでいく内に分かっていくからです。



この本の裏テーマは、「犯罪を犯す事の結果」、それが本人と周りにもたらす影響。
そして、「犯罪者とその関係者に対する差別」。
加害者になるとはどういう事か? 犯罪者になるとはどういう事なのか?
この本では犯罪者その人ではなく、犯罪者の肉親というレッテルを貼られた弟の人生からそれを描いています。


「差別は必要なのだ」とこの本では述べられています。
犯罪者が犯した犯罪がどれだけ罪深いものなのか、やってはいけない事なのだと、犯罪者を含め全ての人が理解する為に、犯罪者の肉親を差別する事は「必要」なのだと。
その考え方の是非はともかく、「犯罪者」が受けるべき罰とは本人の罰だけで済むものなのだろうか、という観点から見てとても興味深いと思います。


自分と違う考えや背景を持った人間が周りにいる時に、自分はどうその人に接するのだろう…? と考えさせられます。
「差別するのは良くない」と頭の中で分かってはいても、いざ実際にその状況に自分が置かれた時に自分が同じ様にその人に接しないと本当に断言出来るのだろうか、と。
誰もが厄介な事には関わりたくは無いと思っているはずです。でもこの本の中ではそれが本当に正解なのかという疑問が鋭く突きつけられています。
この本を読んでいる間中、僕は妙な後ろめたさを味わったのですが、もしかしたらそれが原因だったのかもしれません。


東野圭吾といえば読後の後味の悪さが一部で有名なのですが(爆)、この作品について言えば後味は決して悪いものでは有りません。個人的に過去に読んだどの東野作品とも違う読後感でした。
重いテーマを扱っている割にはサクサクと読める本だと思います。
(この本のレビューなんかをネットで読んでいても、「感動しました」みたいな感想がかなり多いです)
…という意味で、東野さんの作品を一回も読んだ事が無い人でも読みやすいと思います。
東野さんの作品でもかなり特殊な位置を占める、代表作の一つと言えそうです。
(まぁ、これが東野さんの主流かと言われると断固首を横に振らざるを得ないのですが…(笑))


東野氏の最高傑作とも言われる「白夜行」とはまた全く違った意味で、何というか重みのある作品でした。
でも未読の方読んでみる価値は有ると思いますよ〜、…という事でオススメしておきます(笑)。


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さて冒頭でも書いたとおりこの「手紙」、映画化され11/3に公開されました。
当初行く気無かったんですけど(笑)、原作読んで物凄い気になったので行ってきてしまいましたよ。^^;(わは・笑)
ということで映画の感想も付け加えます。(こちらは主にキャスト・原作との比較という観点になりますが…)


主演は山田孝之さん、玉山鉄二さん、沢尻エリカさん。
山田さんは「白夜行」のドラマ化に引き続いての、東野さん関連の作品に主演で出ています。
白夜行」でもバッチリはまっていましたが、この作品でもやっぱりバッチリはまっています(笑)。
武島直貴という犯罪者の弟という陰を背負った役をこれでもかと暗く演じてくれます。


映画では原作のミュージシャンになるという夢が、お笑い芸人になるという夢に変更されています。
ある意味ここが一番原作から変更されている点です。
ここでも山田さんは上手くて、お笑いコンビのボケとしての役をそれほど不自然なところも無くこなしています(一部ネタとしては寒〜いとこも有るのですが(笑))。
ついついイメージで不幸を背負っている役が似合うなんて言っちゃいそうになりますが(笑)、こういう明るいコメディータッチの演技が出来るからこそ、より哀しい演技が引き立っているように感じました。
(またこのお笑い芸人への夢という変更は、映画オリジナルのラストシーンとしても生きてきます)


玉山鉄二さんは正直あまり映画の中で動いてる場面が有りません(笑)。
どちらかというと、弟へ送った手紙の語りがメインという感じになっています。
普段の玉山さんのイメージは犯罪者とはほど遠いカッコいい兄ちゃんなので、この役になったのが最初ちょっと不思議でした。
(以前「逆境ナイン」っていう映画でも実は見てるのですが、その頃とは全然違う役柄ですしねぇ(笑))
しかしラストシーンの彼の号泣を見た時に、彼が武島剛志をやってくれて良かったな…と思いました。そういえばこういう泥臭い演技をしてくれる人だったなぁ、と思い返しつつ。


普段テレビで見かけるイケイケな感じの(←てか、イケイケて死語…(爆))沢尻エリカさんは個人的にニガテなタイプに属するのですが、^^; この映画での沢尻さんは何というか…、ものっそ可愛いです(爆)。(わー引かない下さい…。爆^◇^;)
関西圏の方は関西弁が結構気になるかもしれませんが、僕のような関西をかすりもしない自称「なんちゃって関西弁」を愛するものとしては(笑)なんとも無いです。むしろ全然オーケーです(笑)。
原作でもそうですが、重〜い話の中で一種の清涼剤のような役割を果たしてくれているような気がします。


映画全体としては原作とところどころ設定を変えているようですが、不自然さはそれ程無いと思います。
と言うより、話がストレートに分かりやすくなっていると思います。
(仕事と恋人を失うタイミングがほとんど一緒になっているので、うわーツラいなと思いましたが…)
そして秀逸なのがラストシーンですね〜…。
コンビを再結成して、囚人たちの前で漫才をする事になった主人公。
その中に兄の姿を見つけた直貴は、漫才をしながらネタの中で兄に対する想いを本音も交えながら話していきます。それに相方もちょっと戸惑いながら盛り上げていく。妻も娘も問題に立ち向かって、懸命に生きようとしているシーンが合間に挟まれます。
何かね、このシーン不思議な味わいが有るんですよ…。話してる事は感動的なんだけど、ネタとしてやってるから笑ってしまうという(笑)。泣き笑いみたいな。不思議な感覚が味わえる名シーンだと思います。


最後、直貴が娘を抱え上げる情景に、僕は柄にも無くウルウルと来てしまいました…。



全体として本より重くは無いので、本より間口が広いと思います。
しかし決してただの感動作で終わっていないところが、原作のテーマをしっかり踏まえているように感じられました。
見た後に気づいたんですが、監督の生野慈朗という人は「金八先生」なんかの演出をやっている人だったんですねー。
(確かに「金八先生」とかとも近いテイストは有るかもしれませんが…^^;)


後ちょいネタですが、直貴の相方の寺尾を演じていた尾上寛之さんっつーのは、白夜行で「秋吉雄一」を演じていた人ですね。山田さんとはそれに続いての共演という事になりますな(まぁ、白夜行ではチョイ役ですが。笑)。


更に余談ですが、映画を見てからラストシーンで流れていた小田和正の「言葉にできない」がずっと頭の中をリフレインしています。
誰か止めてくれ〜〜〜(爆)。



ちう事で、見たこと無い人は是非是非一度は見て頂きたい映画であります。
原作見て無くてもそれなりに、いや、かなり楽しめるはず。で、見て気になったら原作も読んでみて欲しいです(笑)。
(なんか僕はもう今すぐ映画のDVDが欲しいです(笑))


では今回はそんなとこで…。


※映画「手紙」公式HP http://www.tegami-movie.jp/
※「手紙」文庫版 http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167110113/sr=8-1/qid=1162560863/ref=sr_1_1/250-6579282-1404264?ie=UTF8&s=books